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旧生駒トンネル③


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▶「旧生駒トンネル①」

「旧生駒トンネル②」

大軌、綱渡りの企業経営

こうして民間最長にして驚異的な工期で完成にこぎつけた稀代のトンネル・生駒トンネルでしたが、ここまで至るには本当に苦難の連続でした。

前回の最後の方で軽く触れましたが、この工事は資金面においても大変な苦労がありました。

大阪電気軌道株式会社は、このプロジェクトに際して設立された、生まれたばかりの企業です。よってそれまでの営業利益などあるはずもなく、この工事資金を賄い続ける資金力も持ちあわせていませんでした。個人の資産と借金によりなんとか支えられていた大軌は、すこしの波乱で簡単に転覆してしまうリスクがある脆弱さを抱えつつ、何とか操業していました。鉄道を敷設するだけでも人件費や資材の調達などに多額の費用が掛かかるというのに、大規模なトンネルを工事しているわけですから、火の車になるのは当然と言えるはずです。

トンネル工事が要する巨額な費用

ちなみに前回も触れました『大林芳五郎傳編纂会』によると、

トンネル工事だけで270万円(現在の270億円!)、

また他にも小トンネル、発電所、変電所、車両、用地買収などを合わせると総費用は750万円(同・750億円)にものぼったと書かれています。

(貨幣価値については諸説ありますが、ネットの算出で明治後期~大正初期の貨幣価値1円=1万円と書かれているものが複数ありましたので、厳密ではありませんがその通りに換算しています。もっと高いとする考えもあるようです)

資本金300万円で設立された営業収益ゼロの会社がこれでは経営難に陥るのも当然と言えば当然でしょう。

トンネル工事の初期から同社は資金難に陥り、大林組に対する工事費の支払いも滞りがちになりました。そしてついには支払い不可能になってしまい、どうにもこうにも立ち行かなくなってしまったそうです。こうなると大林組の方も経営が苦しくなってきます。

そういった逆境の中で、大林組社長の大林芳五郎がどのような態度を示したか、大阪電気軌道株式会社の後の四代目社長になる金森又一郎が、当時を思い返して次のように語っています。

(※大阪電気軌道株式会社は大林組に対して支払い不能状態に陥っている)

“しかるに個人(芳五郎)は会社の将来の為悪戦苦闘している私に対し『仕事の方は決して心配せぬやうに。大林ある以上如何なることがあっても貫徹する。それよりも会社の窮地を切り抜けて下さい。開通さへすればこの軌道(大阪電気軌道株式会社)が有利なことは火を賭(み)るよりも明かだから』と言って、隧道(トンネルのこと)工事の至難事業であることや代金未払いのことなどは、曽(あえ)て一言も口へ出されなかった。この個人の大人格と強い信念は、絶えず私たちを指導激励して、無限の慰安を与えたもので、我々当事者に対しどれだけ強いちからになったか知れなかった。

芳五郎の漢気により、生駒トンネル、そして大軌は守られたと言えるでしょう。

次回詳しく触れますが、大林組も生駒トンネル事業により経営が傾き、瀕死の状態に陥っていきました。しかしそれでも最高の資材でもって丁寧に工事を進め、検査に来た監理局員がその質の高さに驚いたという逸話が残っています。

次はいよいよ、鉄道の運転開始について触れていきます。