企業インタビュー

INTERVIEW 04

株式会社文化財構造計画 冨永 善啓 様 代表取締役

価値ある建物を後世へつないでいく、とても意義ある仕事です。

まずは冨永様のご経歴からお教えいただけますでしょうか。

大学では土壁などの文化財建造物の構造的な評価に関する研究をしていたことから、卒業後は文化財建造物の修理に関わっている設計事務所を考えておりました。大学の先生からの紹介もあり、文化財修理・社寺建築の設計監理を行う財団法人 建築研究協会へ入会します。そこで構造的な課題がとても多くあがっていたことから、構造をもっと知りたいと考え、構造設計の実務的な部分を学ぶため株式会社立石構造設計へ入社し、文化財や木造の構造設計業務に携わりました。構造設計を実際に自身で手掛けることで設計実務がわかってくるとともに、一方で構造設計を発注する側の問題がみえるようになってきました。

当時は建物をすべて解体し終わってから構造設計の依頼が来て、時間がわずかしかないといったことが多々ありました。その時点から構造について検討するため、地盤調査など調査の予算もないなど、ベストな状態で構造設計ができないことが多かったと思います。私は構造実務者側にいたことで、発注者側が構造設計事務所の実力を発揮できるように正しく使えていないことに課題を感じていました。

その後、耐震偽装事件の影響で、文化財修理技術者の研修で交流のあった財団法人 文化財建造物保存技術協会から文化財建造物の安全性についてもっと慎重に対応していきたいという要望があったことから、構造設計の発注側である文化財建造物保存技術協会に構造担当して入会することになりました。

文化財建造物保存技術協会では、どのようなことをされていたのですか

文化財建造物保存技術協会は日本の文化財修理をかなりの部分を担っている設計事務所でして、私は初めての構造設計担当者として入会いたしました。私一人に対してたくさんの案件がございましたので、自分の手で構造設計を行うことではなく、構造設計事務所とともに耐震診断や構造補強設計に取り組む体制で業務にあたっていました。当時100名くらいいた文化財修理技術者と構造設計事務所の間に入って、耐震補強をどういう考え方で進めていくかというような調整的な業務を主に行っていました。委員会を設置するような場合には、さらに有識者との診断・補強方針についての協議を行うなど、様々な形で構造的な面のサポートを行っておりました。

当初は、各設計事務所が各々のルールで設計を進めているような状況でしたので、組織内での共通のルールを整備し、文化財建造物の構造検討の基準作りなども行いました。

そこから、独立された経緯を教えていただけますでしょうか

先ほどお伝えした通り、構造検討自体は構造設計事務所に外注していたので、私は、設計事務所の選定・依頼から、案件の方向性の協議、技術的な部分の調整業務などを行っていました。しかし、徐々に案件が増えてきて、外注先が足らなくなってきました。阪神大震災で文化財建造物にも被害が出てことから、そのあたりから耐震診断が行われるようになったのですが、そのときから文化財の耐震補強に関わってきた構造設計者の方たちは50代60代となっておられました。世代交代も想定しながら新しい事務所に参入してもらったりもしましたが、文化財の独特な内容に対応できず、うまく設計ができないような状況でした。調整をするマネージャーとして私がいたとしても、構造設計を実際にするプレイヤーがいないのでは業務は回っていきません。それであれば私が若いプレイヤーとしての役割を担っていくことの方が業界全体にとって良いのではないかと考え、文化財の耐震診断を行う構造設計事務所として独立を行いました。もともとは技術者3名で始めて、現在の10名規模に徐々に増えていったという感じです。

過去多くの案件をご経験されてきた中で思い入れのある案件はありますか。

一番印象に残っている案件は、新居浜市にある端出場水力発電所ですね。この案件は保存活用計画と耐震診断から設計、工事監理まですべてを自社で行った案件です。構造設計だけを担当する場合には、修理方針については、修理を統括する設計事務所の方針に従うことになります。修理、耐震補強、活用を一体としてすべてを自社で設計監理できたことは貴重な経験でした。ここでは建物の保存理念とそれにふさわしい耐震補強を表現することができたのではないかと考えております。自社ですべてを行う案件も少しずつ増えてきていますので、弊社ならではの保存活用・耐震補強を表現していきたいと思います。

ちなみに端出場水力発電所では、保存活用計画と耐震診断で2年、実施設計1年、工事が4年と、7年の年月かかりました。文化財においては、このように長期間になる案件が多いと思います。

期間の長さも一般建築とは大きく異なる部分だと思いますが、文化財と一般建築の違いはどういったところにあるのでしょうか。

一番の違いは、文化財の場合は「すべて残すことを前提とする」という考え方になる点です。活用や保存上で変えなければいけない部分は変えますが、それ以外は残すことが前提となります。一般建築においては、改修後の姿に使用したい部分だけを残すという考え方になります。必要な部分だけ変えるのと、必要な部分だけ残すのでは大きく考え方が異なります。

私たちは、文化財としての価値を残すために、元の部材や状態をできるだけ残すことを第一に考えます。例えば、腐っている部分があれば、丸々外して取り換えようと考えるのではなく腐っている部分だけを交換して、使えるところは使っていこうというような修理方法で進めていきます耐震補強を行う際においても、ブレースを入れるのに現状の部材が邪魔になる場合でもそれを取り除いてしまうのではなく、それを残す前提で避けた位置でのブレースの配置を検討します。部材を残すことで納まりがより複雑になることも多々あります。

構造計算書を作るにしても、通常は法規に沿って行うので、数字さえあえば、ある程度理解出来る内容となります。しかし文化財の場合は基準ができる前の建物であるため、決まったルールがないわけです。そうなると、耐震診断を行った方法の過程をしっかりと説明できなければいけませんので、構造検討書を非常に丁寧に分かりやすく作っていく必要があります。

そのため一般の構造設計を行ってきた人には、なぜ計算書にそこまで手をかけるのだろうと疑問に思われることも多いですね。しかし、法規がないため過程を明確にしておかないと、問題が生じたときに誰も理解ができなくなり、問題の判断ができなくなるので、きちっと分かりやすく作り上げておくことが大切となります。

違いについてよくわかりました。その上での面白さなども教えてください。

修理技術者や施工者と現場での協議が多いことは、面白さに上げられると思います。文化財建造物の場合は、補強を建物の現状に合わせていくので、ひとつひとつ納まりを変える必要がある場合があります。そういった場合、構造設計者しか対応できないため、現場に赴き変更の指示を行います。保存と施工の状況を踏まえ、構造設計者がアイデアを出しておさめることはとても面白いことです。

一般建築の場合は意匠担当が監理を行うことが多いので、構造担当はほとんど現場にいかないこともよくありますが、文化財建造物においては、実際にどう納めるかをじっくり取り組むことができますね。

同業他社と比較した際の強みや他にはないところはありますか。

まずは、文化財での経験が多いので、文化財保存修理で大切にするべきことを理解できることですね。文化財の補強においては、個々の文化財建造物の価値がどこにあるのか、どういう保存のコンセプトで補強を計画するかが重要になってきます。そのアプローチを適切に行わなければ、補強案を作っても修理サイドとなかなか合意に達しません。修理技術者の望むことを理解し、同じ方向を向いて速やかに検討に進められるところが強みですね。

また、補強工事の実績が多く、様々な構造的ディテールの引き出しが多いことですね。煉瓦造や木造については、様々な建物について検討を行っているので、数多くのディテールが練られています。補強案として採用しても、ディテールがうまく納まらないと初めからやり直しになってしまいます。ディテールの目算がつけることができるから、補強案を定めることができるのだと思います。

あと、文化財補助事業の流れが理解できているところでしょうか。いつどのタイミングで何が必要なのかを想定することができるので、先読みし修理設計者の望むタイミングを捉えながら設計を進めることができます。時間配分は設計において非常に重要なことだと考えています。

文化財修理に携わる立場としての責任感や、意義を教えてください

はじめは古い建物は貴重なので残していかなければと、シンプルに建物の保存のことだけを考えていました。しかし、実際に携わっていく中で、文化財の保存とは、文化財を大切に思い、守ってきた人がいたから保存できているのだと考えるようになり、建物だけではなく人が重要なのだと思っております。また、文化財はそこにあることで、それを大切に思う人々の心の支えにもなっているとも考えるようになりました。

耐震補強を行うことは、地震から建物だけではなく人も守るということです。建物の中にいる人の命を守るだけではなく、地域のシンボルを守ることでそれを支えにしている人の心も守ることができます。そういった文化財を大切に思う人を守ることも、私たちに課されている責任だと感じました。これはとてもやりがいのある仕事だと感じています。

ありがとうございます。文化財の価値を最大限に残しながら、安全性を保ち続けていくことが大切ですね。ここで少し話が変わりますが、御社の事務所の様子や雰囲気なども教えていただけますか?

まだテレワークをしているものも多いのですが、集まったときはとても和気あいあいとしていますね。少ない人数で多くの案件を行っているので個々でやるということではなく、みんなで相談、協働しながら、コミュニケーションをしっかりとって仕事をしている環境です。

中途入社の方ばかりの環境なので、中途で入社されても居心地が悪いということはありません。現在は、2週間に一回は室ごとで会議があって、コミュニケーションをとる時間にもしています。

どういった方がこのお仕事に向いているか、御社が求める人材像をお聞かせください。

どちらかというと物を探求するタイプが多く、業務をこなしていくというタイプは向いていないかなと思いますね。日々出てくる難題に対してどうやって解決していくかをしっかり考えて、きっちり納めていくことが仕事なので、そういう志向の人が向いていると思います。現在の仕事がこなしていくような業務で、物足りなさを感じている人は、是非チャレンジしてほしいですね。

業務的な部分で一般の設計とは違うこととして、天井裏などの高いところや床下など汚いところに入って調査する必要があります。それは、そういった見えないところで補強を行うことが多いので、自分の目でしっかりと見て考えるためです。これができないと言われるとつらいですね。

文化財建造物の耐震診断や補強設計は、価値ある建物を後世へつないでいくとても意義ある仕事です。ぜひ、想いを共感できる方と一緒に働いていただきたいですね。

(インタビュー:北野惣子)

COMPANY
株式会社文化財構造計画
創業
設立 平成23年2月
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■事業内容

文化財建造物、歴史的建造物の構造調査・診断・構造補強設計及び監理
文化財建造物の保存活用計画の策定
一般建築物の構造に関する計画・設計及び工事監理
建築物の構造に関する工法の調査・研究及び開発